心の受け身1
私は高校、大学と柔道をやっていた。柔道を始めると、初めは基礎体力作りと同時に受け身の練習を延々とやらされる。毎日毎日何ヶ月もやる(やらされる)。最初はうまくできないから、頭を畳にぶつけたり、畳を叩く手足が非常に痛かったりして、苦痛を感じる日々が続く。そして、さらに面白くもなんともない技術だ。それを延々とやっていると、いつの日か倒れても頭を畳にぶつけなくなり、倒れても体が痛くなくなってくる。反復練習というものはすごいものである。そういう段階までくると、今度は投げられる練習をするわけだが、それも繰り返し行ううちに、(痛いには痛いが)耐えられないような痛みは感じなくなってくる。受け身の種類は後ろ受け身、前方受け身、横受け身、回転受け身の4種類だけだ。基本的には体が畳に触れる際の衝撃をタイミング良く畳を叩いたり、体や足をつかったりして衝撃を分散するという単純な行為である。タイミングが極めて重要で、一連の動きが流れるように起こることで衝撃が分散され体も頭も守られるというわけだ。攻撃する技術は立ち技60種類以上、寝技30種類以上あるのに対して、受け身は4種、しかも方向が違うだけで基本技術は同じなので、受け身は一種類と言ってもよいだろう。
ここまで柔道の基本的な話に付き合わせてしまったが、ここからが本当に言いたいことである。競技としての柔道は勝敗を決めることが前提なので、勝たなければならない。立ち技、寝技を組み合わせて、何が何でも勝つことを目標とする。試合で受け身は何を意味するだろう。試合で投げられた時に受け身を取ってしまったら、相手の技が決まったことを意味するので、自ら「負けました」と宣言することになる。なので、試合中に投げられても、体を捻って絶対に背中から落ちないように、そして受け身を取らないようにするわけだ。柔道を始めてから気が遠くなるほど繰り返し練習した受け身を勝負の時は使わないとは不思議なことだ。では受け身は何のために練習するのか、それは勝つためではなく、「死なないため」である。死ななければ再び立ち上がって、次の練習に備えられる。何度投げられても大怪我をしたり、命を失ったりしないので、何度でも激しい練習ができる。受け身ができるから(死なないから)思い切った技をかけることができる。「大怪我しない、死なない技術」は何よりも大切なことなのだ。
話が長くなってしまったが、何が言いたいかというと、心も体と同じように受け身が上手にとれれば、いろいろな経験をしやすいということだ。何かに失敗する、人間関係のやりとりで深く傷つく、屈辱的な思いをする、理不尽な扱いを受ける、などなど、生きているといろいろな衝撃が心にも降りかかってくる。その際に心の衝撃を分散できれば(心の受け身がとれれば)、その衝撃が致命傷になることを防げるだろう。そして傷つき体験から立ち直って、より心を強くしていくこともできるだろう。では心の衝撃を分散するとはどういうことなのか。それについては次に説明したい。