逆から考える

 何でいうこと聞けないの。我慢しなさい。甘えるな。頑張れ・・子供から大人まで、いろいろな言葉で叱咤される。された方は、どうしてできないんだろうか、自分の何が悪いのだろうか、どうすればいいのだろうか・・いろいろ考えて、どうしてもうまくいかなければ、自分はダメだ、自分には価値がないなどと悩む。あるいは、自分にプレッシャーをかけてくる人に、怒りや恨みを感じるようになる。

そもそもこの構図にはどういう意味があるのだろう。

すべての人間は生まれた時は完全に無力である。すべてのことを世話してもらわねば生きていけない。お腹がすいたら、おしめが濡れたら、泣く、ひたすら泣く、火がついたように泣く。我慢などしないし、相手の事情など全く考えない。自分の不快感を爆発させて、保護者に何とかしてもらう。それがすべての人間の原点である。

そうすると、大きな疑問がでてくる。文頭に書いたように、「なんでできないの」ではなく「なんでできるようになるの」という不思議さである。それほ人間の正常な発達であると片付ければ終わりなのだが、考えれば考えるほど不思議なことだ。できるのが当たり前ではなく、できないことが当たり前なのである。その後の発達のプロセスは、発達生理学、心理学などで研究されつくしているのだろうが、本当の不思議さは、なにゆえにそのプロセスが進むのかであろう。そのプロセスが全員同じであるはずはなく、著しい個体差があって当然なのであろう。養育者の態度、環境などに原因を求めるのは簡単なことだが、本当に不思議なことであることを忘れない方がよいと思う。想像は巧妙に構築されると事実となり、事実となったら人は疑わなくなるからだ。

「逆から考える」私のモットーであるが、「なぜできないのか、なぜうまくいかないのか」より、「なぜできるのか、なぜうまくいくのか」を問う方がより本質的な問題に向かえるような気がするのである。

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