脳のネットワークと心の受け身
近年の脳研究の進歩は目を見張るものがある。これまで測定できなかったものが測定できるようになったからだ。かつて、脳と言えばペンフィールドのホムンクルスやブロードマンの脳地図に代表されるように、局在論が中心であった。それによって、どの部位を損傷するとどういう機能が喪失されるということが分かる。脳の疾患による影響を考えれば、診断にも治療にもとても重要なものである。
近年の進歩は、より動的なもの、機能的なものがわかるようになり、局在というより部位間のネットワーク機能が解明されつつあることである。病的なことだけでなく、通常の心や脳の営み、ひいては人間の営みを理解するために重要である。心の病気、心の失調を考える場合もとても重要な知見を与えてくれる。何かが壊れているから問題が起こるのではなく、ネットワークがスムーズに連動していないから何かがスムーズにできないというわけだ。
脳研究は日進月歩で、最先端の研究者でないとなかなか全貌を把握することは難しい。しかし、その知見の一部が一臨床家である私にも重要なインスピレーションを与えてくれる。
「人は想像力をこじらせて苦しみを生み出す。考えてもどうしようもないことを考えすぎることで心を病む。自分がやっていることを客観視しにくいので、それ以外の選択肢に至りにくい。」これらの問題を少し修正できれば、心の問題をこじらせることをある程度防げるのではないか。そこに重要な活路があると思う。以前のブログで書いたように、「思考を止める」「心の受け身」それはなんだか抽象的な、あるいは宗教的な話に聞こえるかもしれないが、脳機能に基づく極めて重要な技術であると私は思う。それでは具体的に説明しよう。図に示したように、脳のネットワークはざっくりといえばこのように理解されている。この中でも、執行系ネットワーク(Central Executive Network:CEN セントラルエグゼクティブネットワーク)、基本型ネットワーク(Default Mode Network:DMN デフォルトモードネットワーク)、それと最近より注目されている気づきのネットワーク(Salience Network:SN サリエンスネットワーク)は心のバランすを考える場合にとても重要である。通常、私たちが自分で考えて、目的に到達するように考える場合はCENを使っている。なんとなく、考えるでもなく考えないでもなく、ぼんやりしているときに使っているのがDMNである。さらに、それを切り替える役割をしているのがSNというわけだ。一つ例を上げてみよう。何か困って出来事、とても解決が困難、あるいはもはや取り返しがつかないことに直面したとする。「困ったことになった、どうしてらいいんだ。あーしたら、こーしたら、あのときあんなことしなければ・・」止めどなく、可能性が湧き上がってくる。この時、CENを使っているわけだ。しかし、たいていの場合、解決方法などない。特に過ぎてしまったことなど取り戻すことはできない。そこで、多くの人は「あーもういいや、寝よう」とか「もう済んだことはしょうがない」という言葉が浮かんで、それ以上考え込むことに歯止めをかける。この状況を客観視し歯止めをかけるときにSNを使うのだろう。その後、具体的な考えにはまりこまず、なんとなく過ごしている時に、はっと何かに気づいて「しょうが無い、明日あの人に相談しよう」とか「謝るしかないな」とかそこそこ落ちついた考えが浮かんでくる場合がある。この時DMNが問題を勝手に処理してくれたといえるのではないか。このように、人は困るとCEN-SN-DMNを切り替え、行ったり来たりしながら、心が壊れないようにバランスをとっていくのだと思う。
それではこのネットワークがうまく切り替えられないとしたらどうなるのか。どうしようもないことは果てしなく考え続けるか、現実的ではない空想の世界にはまりこんでいくのではないか。このバランス力の差が、心を病んでしまうか、そうならないか、ギリギリで引き返せるかに関わっているのだろうと思う。そうであるなら、心の問題を改善するには、この機能をうまく使えるように練習すればよいということになる。この機能を上手に切り替える力を鍛えて、高めていけば、気づいた時には「なんかしらないけど、前ほど悩まなくなった気がする」という状態になるのではないか。「心の受け身」とはこの切り替え力を、反射レベルまで訓練して身につけることだと思うのである。
出典:Wikipedia Salience network